イギリスの居間と応接室 その呼び方はいろいろあります

2024.10.20

異文化理解

イギリス人は自分たちの家を大切にして住み続けます。生涯を通して何度も住み替えをくり返しますが、イギリスの人たちは新しい住宅へのこだわりはなく、古い家を住みやすく造り替えるのが人気。何でも壊して新しいものに建て替える日本とは大違いです。

住む家に愛着を持ち、また購入した時よりも高く売却できるよう、DIYでリノベーションやガーデニングに励み続けるイギリスの人たち。例えば15万ポンドで購入した家が、20万ポンドで売却できたら、5万ポンドのお金が残るのです。1ポンド190円として950万円。時間をかけて家を改造した甲斐があります。

家に愛着を持ち大切にするイギリス。今回はそのイギリスのお宅の、居間と応接間の呼び方をご紹介していきます。いろいろとその呼び名はあるのですが、まずはドローイングルームの名称からご紹介しましょう。

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昔アフタヌーンティはドローイングルームでいただきました

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アフタヌーンティ発祥の地、それはウーバンアビーという邸宅からでした。ロンドンから北へ向かったベッドフォードシャーの公爵の邸宅で、第7代公爵夫人のアンナ・マリアがアフタヌーンティの習慣を始めます。当時夕食は遅い時間でしたので、どうしても夕方にはお腹が空いてしまっていました。公爵夫人のアンナ・マリアは気を紛らわせるため、お茶とともに軽食をとることにしたのがアフタヌーンティの始まり。邸宅内のドローイングルームと呼ばれるお部屋で、女性たちだけでお茶とお菓子とともに気軽な時間を持つようにしました。

けれど当初のアフタヌーンティは今のような3段トレイではありません。紅茶とバター付きのパンをいただきながら、女性たちだけのおしゃべりを愉しんでいたようです。殿方たちは狩りなどに出かけてしまい、夕食は夜の8時過ぎ。ご婦人たちは空腹のまま夕食を待ち続けていたのですが、公爵夫人のアンナ・マリアが考えたこのお茶軽食の時間、それは噂になりやがて人気となっていきます。

バター付きパンの軽食も、サンドイッチやお菓子のスコーンなどに変わり、19世紀にはこのお茶の時間は上流階級だけではなく、中流階級にも広まりました。貴族のご婦人方がお茶をいだいていたのは、ドローイングルーム。この呼び名は邸内にある客間のことで、元々は食事会が終わって退く(drawing)部屋だったようです。公爵夫人のアンナ・マリアが考え出したお茶の時間はドローイングルームで、ここは女性たちが寛ぐ部屋にもなりました。

※写真はイングランドダービーシャーにあるハドンホールの外観。かつてハドンホールはラトランド公爵の邸宅で、こちらにはパーラ―と呼ばれる居間がありました。インスタグラムでフォローしていると邸内や四季折々の様子がうかがえます。


イギリスの居間の呼び方はリビングルーム?? ラウンジ?? サロン??

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さてイギリスの応接室や居間。日本ではリビングルームと呼んでいますが、イギリスではいろんな呼び方があるようです。ちょっと探してみただけでも、居間と応接間の英語の呼び方がこんなに見つかりました。

sitting room
music room
lounge
drawing room
morning room
parlour
front room
back room
front lounge
back lounge
fire place room
salon
reception room

イギリスの不動産情報にはbedsitという言葉があります。これはベッドと座るのシットを合わせた言葉で、日本語のワンルームタイプの間取りにキッチンがある物件のことです。トイレやシャワーは共同が多く、寝る部屋と食べる部屋があるという物件がベットシット。ロンドンの物価はとても高いので、ベッドシットの物件でも月12万円以上はしているようです。シッティングルーム、この座る部屋と表現する居間はイギリスらしい言葉です。

ミュージックルーム、モーニングルームとはその名の通りの目的の部屋で、リビングルームというよりは格調高く感じられる呼び方です。ラウンジの名もどちらかというとゆったり寛げる居間を想像してしまいます。かつて大きなお屋敷ではサロンやパーラーなどと呼んでいましたが、今は住む人たちがそう呼べば、その名になります。

例えばひとり暮らしの年老いた女性は、バックガーデンがよく見える居間を、パーラーと呼んでいたそうです。その家は公営住宅のカウンシルハウスでしたが、かつて住んでいたお家がそうだったのかもしれません。


イギリスの著名人たちの居間と応接間は

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イギリスの著名な人たちはどんなお家に住んでいたのでしょう。そしてその居間のネーミングもご紹介していきます。

絵本作家ビアトリクス・ポターの居間は??
ピーターラビットの産みの親、ビアトリクス・ポターが湖水地方で住んでいた家、ヒルトップ。ここはニアソーリ村にある17世紀のお家です。ヒルトップの居間はパーラーと呼ばれていました。ポターはロンドンの裕福な家に生まれたお嬢さま。ピーターラビットの画を描いてお金を得ることは、家族の反対を押し切った挙句の行動でした。それでも信念を貫き、出版して得たお金でヒルトップの家を手に入れます。この家にはtreasure room-宝物部屋と呼ばれる部屋もあるようです。今この宝物部屋は、ドールハウスとポターの生み出したキャラクターたちのお部屋になっています。

作家チャールズ・ディケンズの居間は??
「クリスマスキャロル」などの名作を遺した、文豪チャールズ・ディケンズが1837年から3年近く暮らした家があります。それはロンドンの大英博物館から北東に向かった、閑静な住宅地のテラスハウス。今その家はチャールズ・ディケンズ博物館になっていますが、ディケンズの家の居間はドローイングルームと呼ばれていたようです。来客たちが飲んで食べて、楽しんでいた応接間にもなっていたようです。ヴィクトリア時代のドローイングルームが今の時代でも見られる場所、それがディケンズ博物館。またモーニングルームと呼ばれる居室あり、こちらはディケンズ夫人のキャサリンが使っていたようです。

建築家チャールズ・レニー・マッキントッシュの造った居間は??
スコットランドのチャールズ・レニー・マッキントッシュが設計した家、ヒルハウス。ここはマッキントッシュのよき理解者の実業家の家として建てられました。ここの居間もドローイングルームと呼んでいますが、ディケンズ宅のドローイングルームとは違い、モダンなスタイルです。マッキントッシュは背もたれの高い、ラダーバックチェアをこのヒルハウスの居間に置き、モダンなドローイングルームを造り上げました。またこのドローイングルームの扉を開くと、モーニングルームと呼ばれる細長い居室になっています。午前中ここで、どんな時間を愉しんだのか、ついつい想像してしまいます。ヒルハウスは修復のため、残念ながら外観は覆われてしまっていました。

桂冠詩人ウィリアム・ワーズワースの居間は??
18世紀の詩人ウィリアム・ワーズワース。ワーズワースは湖水地方を愛し、多くの心に響く美しい詩を遺しています。1799年12月、ワーズワースは湖水地方のグラスミアのダヴコテージで生活を始めます。このダヴコテージの居間は玄関ホールの近くにあり、キッチンパーラーと呼んでいたようです。ダヴコテージは2020年に修復を終え、ワーズワースが生きていた時代を再現しました。当時の家具や生活用品を置き、まるでそこに今ワーズワースがいるような世界に生まれ変わっています。

作家ジェイムス・バリーの居間は??
「ピーターパン」はディズニー映画で有名になってしまいましたが、元々はイギリスの作家ジェイムス・バリーの作品です。バリーは「ピーターパン」のお話にも出てくる、ロンドンのケンジントンガーデンの近くに住んでいました。バリーはスコットランドのダンディの北にあるアンガスで生まれました。生誕地は伝統的な織工-織物を作る職人の家。狭いながらも温かみのある家には暖炉と椅子のある部屋がありますが、どうやらそこは煮炊きをするキッチンで、居間ではなかったようです。ピーターパンで名声を得たバリーはロンドンのケンジントンガーデンの近くに家を構えます。その家の居間はレセプションルームと呼び、広く2つもあったそうです。その家が14億円で売却されたというニュースを見たことがあります。中の様子も見ましたが豪邸と呼べる造りでした。

意匠家・工芸家ウィリアム・モリスの居間は??
レッサーアート―小芸術の世界を広め、日常生活に美を取り入れたウィリアム・モリス。モリスが新婚時代に暮らした家は、友人の建築家フィリップ・ウエッブによって設計されたモリス理想の家でした。そのレッドハウスの居間はシッティングルームと呼ばれていました。玄関ホールからすぐ左にある小さめのシッティングルーム。そこは打ち合わせなどで使ったのかもしれません。奥の広めのシッティングルーム、ここは新婚間もないジェーンと過ごした居間のようです。今そのシッティングルームは展示品が置かれています。そして2階にもドローイングルームと呼ばれる部屋があります。2階の右、ちょうど1階のダイニングの真上のとても広い部屋には、ロンドンで使っていた白いセトル-長椅子があります。その奥には出窓と椅子があり、庭の草花が見渡せます。鉄道がまだない19紀半ば。モリスはロンドンまで馬車で何時間もかけて通勤し、やがてここでの生活が無理なことに気づきます。理想を詰め込んだレッドハウスに5年も住むことなく、モリスはまたロンドンに戻っていくことになります。

※写真2点はウィリアム・モリスのレッドハウス。玄関ホールから続く廊下の右の扉にシッティングルームが2つありますが、今はその1つの部屋が資料の展示室になっています。2階のドローイングルームは当時のままのようでした。

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ポターのヒルトップの家は湖水地方のニアソーリに、ディケンズ博物館はロンドンに、マッキントッシュのヒルハウスはスコットランドのグラスゴー郊外に、ピーターパンの作者の生誕の家はスコットランドのアンガスに、モリスのレッドハウスはロンドン郊外ベクスリーヒースにあり、見学可能なところです。機会があればぜひお出かけしてみてください。

イギリスの家の間取りは面白い

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家の間取りを見ることが小さい時から好きでした。和風建築のかつての日本の間取りに、さして面白いものはありませんでしたが、玄関から小部屋になり、また座敷となり、続きの間ばかりあった覚えがあります。縁側があり居室が分かれても、独立した部屋はなく何かある時には襖を外し、大きい広間にするのが日本の家でした。

海外ドラマなどで観ていた家にも憧れていました。「奥さまは魔女の」のダーリンとサマンサの家の中を観るのも楽しくて仕方ありませんでした。玄関を入ってすぐに階段、右手に居間が続いていました。玄関の左手には書斎があり、ここはちょっとした応接室にもなります。

イギリスの家は外からは伺えない奥深いものを感じていたら、フロントガーテンは狭く、家のバックガーデンが何倍もの広さがあるそうです。家の正面に玄関がある家が多く、2階に家族それぞれのベッドルームを置くので、バスルームやトイレもその近くに配置しています。居間は玄関に近いところにあり、客人を招いた時の導線を上手に作っているようです。

またイギリスの書斎や仕事部屋はstudy roomやwork roomと呼ばれています。家事をするスペースもutilityとして設けられていますが、日本の間取りにもユーティリティの名は登場しています。このutilityの元々の意味には「役に立つもの」だそうで、家事の導線を作って、無駄のない動きができるスペースとして活用されています。

今回は、2020年に出版された山田佳世子氏の「日本でもできる! 英国の間取り」を一部参考にさせていただきました。なかなか入る機会のないイギリスのお宅を、かわいらしい図面とイラストで紹介された1冊です。ほんとうにこんな本がほしかったので、毎日でも本をめくりながら楽しんで拝読しています。

居間には家族が普段居る場所の意味があります。昔は「お茶の間」なんて言葉もありました。最近は家族団らんの言葉は無くなりつつありますが、犬も猫もみんな集まる、居心地の好い居間があるのが理想のお家です。